嫌な記憶ー心は痛みを回避する。

せっかくの誕生日なので。

夫が、「明日外食でも行く?」と誘ってくれた。嬉しくて、すぐにオッケーの返事を返した。(私にとって、夫と出かけるのは、とても楽しみなことです。)

夫、色々考えてくれて「温泉トラフグはどう?」

私「うん。行こう。」こんなやりとりがありました。

私の様子を言葉で表してくれたから。

次の日、夫が突然「やっぱり別の場所にしよう。」と言い出した。びっくりして、私が呆気にとられていると、

夫「なんだか、フグ🐡、乗り気じゃなさそうだから。」

私の心の中「え?私が乗り気じゃない?そんな訳ないのに。なぜなら…」

夫との外出→大好き。

外食→大好き。

食べ物の好き嫌い→ない。

でも、夫からは、私が行きたくなさそうに見える→私が無意識で拒否しているから。

過去の記憶

この出来事を通じて、私はなぜ自分がフグを食べに行くのに拒否反応が出ているのかを検証した。

すると、小学校3・4年生の時に、滅多に家にいない父親が家にいて、「家族でフグを食べに行こう」と出かけたとき、満員電車に乗る羽目になり、家族と離れてしまい、痴漢に遭った記憶がよみがえってきた!!

過去に囚われないために

なるほど。私は、痴漢に遭った子供の時の体験を「危険」と感じて、大人になった今も、「フグを食べに行くこと」は、「危険」とアラートを鳴らし、無意識に拒否していたのだ。

大人になった今は、その「危険」という感覚は持っていなくていい(フグを食べ損ねてしまったし。)

今回は拒否してしまったけど、次回、日を改めてフグにチャレンジし、私の中の記憶を「危険ではないもの」に塗り替えたいと思う。

まとめ

心の学びを進めてきたら、ほんの些細な出来事が過去の記憶とつながっていることに気づき、少しずつ手放す機会が訪れている。

全てのトラウマを手放すことはできないけれど、必要のない反応は、塗り替えて行こうと思う。

それにしても、心の「痛みを回避する」システムは見事だ!

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Akiko Mashiko
Akiko Mashiko
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